壺齋散人の 美術批評
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この人を見よ:ボスの世界




同時代の多くの画家と同じように、ボスもまた宗教画の制作から、画業を始めたと考えられる。キリストの受難や聖人たちの事績など、聖書に題材をとった写実的な絵画が、当時の画家たちの主な仕事であった。ファン・エイクのようにブルジョワの肖像画を描くような画家がいなかったわけではないが、やはり絵の主流は宗教画だっただろう。

ボスが描いた宗教画の主なテーマは、キリストや聖人たちの受難だ。まさにゴルゴだの丘に引き立てられる前に人々の前にさらされるキリストを描いた「この人を見よ」、十字架を負ってゴルゴダの丘へと歩いていくキリストの姿、誕生したキリストを祝う東方の三博士、当時の民衆にとってなじみ深かったこれらのテーマを、ボスは繰り返し描いている。

しかしその描き方は、他の画家たちとは少し異なっていた。精密な写生という点では、当時の画法の主流に沿っていたが、描かれる人々の表情が独特なのだ。普通の画家は、受難するキリストに焦点をあて。その苦悩するところを劇的に描くのだが、ボスの場合にはキリストを取り巻く民衆の表情に焦点があたっている。邪悪な人々のすさまじい憎しみを描くことで、迫害されるキリストの不幸を逆説的に浮き上がらせようとしているかのようだ。

画面は大きく二つからなる。左上には、ピラトによって壇上に引き出され、民衆の前にさらされたキリストが描かれる。右下には、キリストをながめながら、せせら笑ったり、罵ったりしている人々の邪悪な表情が描かれる。右端の盾にきざまれたヒキガエルは邪悪のシンボルとされる。中央上部の小さな窓から覗いているフクロウもまた邪悪な生き物である。

こんな風に、キリストの受難を迫害する人々の表情に焦点をあてて描いたのは、ボスが初めてではないか。伝統的なキリスト受難の絵柄は、磔にされたキリストの悲しげな様子や、十字架を背負ってゴルゴダの丘を登っていくキリストの苦悩と云ったものだった。この絵柄のように民衆の前に引き出されたキリストを描くのは、15世紀後半からからだとされ、しかもあくまでもキリストの嘆きが主題だった。キリストを迫害する民衆の悪意をテーマにこういう絵を描いたのは、ボスが初めてだろうと思われるのだ。

ボスのこうした姿勢の背景には、中世末期に生きていた民衆の生活ぶりが働きかけていたとも考えられる。当時の民衆は、ホイジンガによれば、何事にもよらず大げさな騒ぎと感情の激動を好んだというのだ。そうした民衆の感情のあり方が、この絵の中の民衆からも伝わってくるのではないか。

なお、画面には三か所に文字が書かれているが、左上は「この人を見よ」、中央右が「こいつを十字架に架けろ」、左下が「吾らを救いたまえ」と読むそうだ。左下に淡く見える人物像は、17世紀に書き足され、のち消し取られた部分である。

(板に油彩、75×61cm、フランクフルト、シュテーデル美術館)





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