壺齋散人の 美術批評
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七つの大罪と四終:ボスの世界



聖書に題材をとったいわゆる宗教画とともにボスが好んで取り上げたテーマは、諺や戒めなど民衆生活をいろどる様々な民俗模様だった。それらは中世の民衆の世界観のようなものを反映しており、日常生活から死後の世界に渡る広大な分野をカバーしている。ボスはそれらの一部を絵のかたちに現すことで、民衆の好奇心に応えようとしたのかもしれない。

七つの大罪と四終は、中世の民衆にとってもっとも基本的な価値観と死生観とを表したものである。それは単なる偏見などではなく、中世の人々の生活を現実に律していた規範のようなものであった。だからボスは、あさはかなあてこすりとしてではなく、真剣なよりどころとなるように、この絵を描いたのだと思われる。それ故にこそ、スペイン(ネーデルラントの宗主国)のフェリペ2世はわざわざこの絵を取り寄せ、ベッドの傍らに置いて、日夜眺め続けながら、自らの教訓としたのである。

この絵はテーブル画として描かれたもので、中央にある大きな円の中に七つの大罪が、周辺の四つの円に四終のそれぞれが描かれている。中央の円は人間の瞳をイメージしているといわれ、その真ん中には、十字架を背にしてこちら側をむいたキリストが描かれ、キリストの足元には「気をつけよ、気をつけよ、神は見たまう」と記されている。

七つの大罪は、6世紀のグレゴリオ教皇以来、キリスト教世界では、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、貪欲、邪淫、大食の順に罪深いと考えられてきた。ボスはここでは、キリスト像の真下に憤怒を描き、以下時計回りに、貪欲、傲慢、大食、怠惰、邪淫、虚栄の順に描いている。

ボス以前の中世の絵画においては、七つの大罪は隠喩的なシンボルとして表現されていた(たとえば鶏を邪淫のシンボルとする具合に)。しかしボスは、それぞれの罪を人間の具体的な行為としてあらわしている。憤怒の絵では、男たちの怒り狂った表情が憤怒のすさまじさを物語っているわけである。

四終は、死との戦いをテーマにしたもので、死、最後の審判、地獄、天国をイメージしている。人々は常にこれらを思い浮かべ、清く正しく生きることを求められたのである。

この絵では、左上に死、右下に最後の審判、左下に地獄、右上に天国が描かれている。

(板に油彩、120×150cm、マドリード、プラド美術館)





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