壺齋散人の 美術批評
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聖アントニウスの誘惑(中央画面):ボスの世界




「聖アントニウスの誘惑」の中央画面は、アントニウスにとって人生最大の試練の場となった地下墓地での光景を描いている。画面やや右手に地下墓地に入っていく入り口が描かれ、その前に(画面のほぼ中央に)跪いてこちらを、つまり絵を見る人に表情を向けているアントニウスが描かれている。その周囲には画面全体にわたって、アントニウスにとって試練となった様々な出来事が描かれている。

アントニウスの目の前には、グリッロと尼僧がおり、尼僧に向かって大きなフードを被った女性が器を差し出している。その女性の向う側には立派な身なりの男女がいて、客たちを出迎えるような仕草をしている。客たちとは、豚面の怪物やら足なえの乞食、その背後からついてくるわけのわからぬ化け物たちである。

地下墓地の入り口には、キリストの像が描かれているが、そのキリストはいつくしむようなまなざしでアントニウスを見守っているのだと解釈されている。

この入り口のある塔の背後には別の塔があって、その二つの塔を橋のようなものが繋いでいる。橋の上からは、裸の男女が飛び降りたり、飛び降りようとしている。その上空には、白鳥の形をした船や、大勢の人間を乗せた船が浮かんでいる。

前景には、左手から、リュートを弾く骨の怪物、鎧をまとった魚、鴨の身体に閉じ込められた男、聖書を読む鼠面の僧侶、そして奇怪な化け物たちが描かれている。これらは皆、アントニウスを誘惑するために、悪魔が派遣した手下どもなのであろう。

遠景には炎に包まれた村が描かれている。村の前には川が流れているから、これは地獄のメタファーなのだということがわかる。ボスの同時代人にとって地獄とは、火災と洪水のイメージからなっていたのである。

こうしてみると、この画面は、「聖アントニウス伝」に記された様々な試練の様子を、パノラマのように展開配置したものだといえる。試練の規模が壮大であればあるほど、これを克服することの偉大な意義も明らかになるわけである。

(パネルに油彩、131.5×119cm、リスボン国立美術館)





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