壺齋散人の 美術批評
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怪物たち:ボスの世界




「聖アントニウス」中央画面の右下部分には、いかにもボスらしいリアルな化け物たちが描かれている。そこは水溜りになっていて、水は中央部分にぽっかりと口を開いた穴を通って、地下へと流れ込んでいる。ということは、ここが地獄の入り口三途の川である可能性を示唆している。

まず目を引くのは、巨大なねずみとそれに乗った母子の像である。母親の方は着物の代わりに樹皮をまとっている。フード部分は樹木の幹を思わせる。母親の顔も蒼白だが、母親が抱いている子どもの顔も蒼白で、既に住んでいるのではないかと思わせる。

枯れた樹木のイメージはボス好みのもので、「愉悦の園」にも樹木人間が出てきたところだ。この画面でも他に、白い水鳥が樹木の枝に止まっているが、その枝は黒い男の尻から生えている。その男は、我々には顔を隠して鴨のようなものにすがりつき、なにやら紐のようなものを引っ張っている。紐の先には、スルメの化け物のようなものを張り付けた仕掛けがついている。

鴨の身体からはメガネをかけた男の顔が透けて見える。羽根の代わりに人間の手が生えているところから、これは鴨に化けた人間の化け物だとわかる。

枯れ枝のような尻尾には小さな船がつながれていて、そのなかには赤ん坊らしいものが乗っている。この赤ん坊には胴体がないところから、どうやらグリッロの赤ん坊らしい。グロテスクな水鳥が、その赤ん坊をつつこうとしているところだ。

巨大な鼠の左隣には、鹿のような動物の尻が描かれているが、その尻の先端は花瓶の口の形をしている。口からは排泄物がこぼれ出しているところだ。

ここに描かれている人間たちは皆、奇怪なイメージに包まれている。鴨男のほかに、鳥の翼が生えた男、馬に跨った顔面蒼白の男、青い帽子をかぶった男は赤みがかった横顔を見せているが、何を語りかけているのかは皆目わからない。

鼠面の男が読んでいる青い本は聖書だとする解釈がある。男は偽の司祭で、開いているページは詩編だというのである。





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