壺齋散人の 美術批評
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サクランボと桃(Cerises et pêches):セザンヌの静物画




「サクランボと桃(Cerises et pêches)」と題するこの絵は、セザンヌの静物画の歩みにとって、一つの画期をなすものである。この絵は、1883年に描き始めてから完成まで4年の歳月を要しているが、同年に完成した静物(Nature Morte)と比較しても、技法上の顕著な進化が指摘できる。

まず、一目瞭然たる如く、この絵は複数の視線が絡み合ってできている。中央部に並んでいる二つの皿のうち、左側の皿はほぼ真上からの視線で描かれているのに対して、右側の皿は、やや斜め上から見下ろしている。そして、右側の皿の輪郭が描く楕円がゆがんで見えるのは、視線が安定していないことを物語っている。

二つの皿を乗せたテーブルの表面や、中央奥にある壺は右側の皿と同じくやや斜め上からの視線で描かれるいっぽう、背後の壁やテーブルの側面は、真横から見られているように描かれている。

こんな具合で、この絵は、ある一つの視点から、線遠近法に従って描いているわけではなく、いくつかの視点が共存していることを感じさせる。その理由としてセザンヌは、人間が単眼的ではなく複眼的にできていることをあげている。つまり、人間には二つの目玉がついているから、同時に異なった視線でものを見ることができる、という理屈だ。

(1883-1887年、キャンバスに油彩、50×61cm、ロサンジェルス、カウンティ美術館)





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