壺齋散人の 美術批評 |
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キューピッドの石膏像のある静物(Nature morte avec l'Amour en plâtre):セザンヌの静物画 |
キューピッドの石膏像(l'Amour en plâtre)のある静物画を、セザンヌは何点か描いているが、これはそのうち最も有名になったもの。有名になったわけは、この絵の構図が極めてユニークなことにある。 一見して気づく通り、空間がかなり歪んで見える。キューピッドの向う側に見える板のようなものは、床に対して垂直に立っているようでありながら、傾いている。それは床が傾いているせいかと思えば、その床も、輪郭が曖昧で、左下の部分では、キューピッドを乗せたテーブルや暗色のクロースとの位置関係が極めて曖昧である。床なのか、大きな台なのか、区別がつかなくなるばかりか、キューピッドを乗せた台が、この床の上に乗っているのか、それとも別の平面の上にあるのか、についても区別がつかない。どうやらセザンヌは、こうした空間のゆがみと錯綜を意識的に楽しんでいるようである。 床、立板、手前の台がそれぞれ直線的に描かれているのに対して、モチーフであるキューピッドや果物は、曲線的に描かれている。直線と曲線とを対比するのは、これ以前からセザンヌが試みてきたところだが、この絵の中ではその対比を、ゆがんだ空間との関係で、いっそう強調しているようにも見える。 画面の右上には、しゃがんだ男の肖像の下半身が描かれている。キューピッドと言い、このしゃがんだ男と言い、セザンヌはバロック風の動きのある石膏像を動きのない(死んだ)生物のモチーフと対比させることで生まれる効果も楽しんでいるようだ。ただ、生物の中の右上のグリーンの林檎だけは、重力の影響でころがってきそうな印象を与える。これも空間のゆがみが生み出す効果だ。 (1895年、板に張った紙に油彩、71×57cm、ロンドン、コートールド・ギャラリー) |
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