壺齋散人の 美術批評
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婚約者に捧げる:シャガールの恋人たち




「婚約者に捧げる」と出したこの絵は、シャガールが自分の婚約者に捧げたものではない。この絵を見た友人のサンドラールが、この絵の中の女性が、死んだばかりの自分の婚約者に似ていると言うので、勝手にそう名付けたのを、シャガールが拒まなかったということである。シャガール自身の恋人ベラは、ロシアに置いてきたままだったのである。

巨大な画面からは、強烈な色彩のハーモニーが聞えてくるようだが、それ以上に、テーマの奇怪さが人の意表をつく。ミノタウロスを連想させる牡牛の怪物に一人の女がまとわりついている。女はミノタウロスの背中にへばりつき、顔をミノタウロスに向けてねじり、口から白い唾を吐きかけている。両脚をミノタウロスの腰にまとわらせ、しゃがみついているようにしているのは、明らかに性的な挑発だと思われる。

ミノタウロスの方はと言えば、挑発に乗って女を抱きかかえようとする様子を見せない。女が自分にまとわりついているのも知らないと言ったように、瞑想に耽っている風情である。

アポリネールはこの絵を、「アヘンを吸う黄金のロバ」と呼んだが、それは女の口から吐き出された白い唾を、アヘンの煙に見立てたためだ。シャガール自身はこの絵を、ルーベンスの絵にあるようなバッカナーレを描いたものだと言ったそうである。

アポリネールをシャガールに紹介したのは、サンドラールだった。なお、この巨大な絵をシャガールは、わずか一晩で描いたということになっているが、この絵と全く同じ構図の習作も残っているので、実際に一晩で描いたのは、その習作の方だったと思われる。

いづれにしても、この絵は、現実を超越して幻想的な世界を展開する、シャガールの特徴が遺憾なく発揮された最初の作品だといえよう。

(1911年、キャンバスに油彩、213×132.5cm、ベルン美術館)





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