壺齋散人の 美術批評
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母性:シャガールの恋人たち




前回は子を孕んだ馬の絵を見たが、ここでは妊娠した女性を描いた「母性」という絵を取り上げよう。この絵には、二つの見方がある。ひとつは聖母マリア伝説のシャガールなりの解釈だというものであり、もうひとつはシャガール自身の生活歴を描いたとする見方である。

この絵が聖母マリアに関わりがあるとする見方は、シャガールがこの絵を、聖母マリアについてのロシアのイコンに刺激されて描いたという話を根拠にしている。それによれば、そのイコンは、「奇跡の聖母」と題する13世紀のもので、マリアが処女のままイエスを身ごもった奇蹟について描いている。そのイコンでは、イエスはマリアの胸に孕まれたということになっているが、シャガールはそれを下敷きにしながらも、イエスをマリアの腹に孕まれた形で描きなおしたというのである。

しかし、マリアはかなりデフォルメされて描かれている。彼女は、自分のお腹を指さしながら、そこにイエスを身ごもっていることをアピールしているが、彼女の顔をよく見ると、左半分は髭を生やした男の顔になっている。つまり、マリアは純粋な乙女なのではなく、男の要素も含んでいると言っているわけで、これはマリアの処女性に対するシャガール流の諧謔なのだとも受け取れる。

シャガール自身の生活歴を描いたとする見方は、右端の男の顔を強調する。これをシャガール自身だと解釈したうえで、腹の中は生まれる以前の胎児としてのシャガール、左手の馬をあつかっているのは少年時代のシャガールだと解釈するわけである。

どう解釈するにしても、この絵がヴィテブスクの町の光景を意識しているのは間違いなさそうだ。それにしても、色彩の強烈さが眼を引く。オレンジや赤や黄色といった暖色系の原色が、それこそ光を放っているように見えるし、空に浮かんだ雲やヤギも、原色との間に強いコントラストを演出し、画面全体が色彩の爆発のような観を呈している。シャガールの青年期を代表する作品だといってよいだろう。

(1913年、キャンバスに油彩、194.0×114.9cm、アムステルダム市立美術館)





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