壺齋散人の 美術批評 |
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聖衣剥奪:エル・グレコの幻想 |
スペインにやって来たエル・グレコは、トレドのサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂の祭壇衝立の制作に続いて、トレド大聖堂聖具室の祭壇画制作を請け負った。この絵は、その中心となるものである。 ところが、この絵を見た依頼主は、約束していた報酬の支払いを拒否した。そのためエル・グレコは報酬の支払いを求めて訴訟を起こさねばならなかった。争いの原因となったのは、この絵が、スぺインの伝統的な宗教画の常識からあまりにもかけ離れているということだった。 まず、画面中央にいるキリストの衣装が、鮮やかな真紅であった点が問題となった。こんな色の衣装をキリストに着せることは、当時のスペイン人には理解できなかったことなのである。ついで、キリストより上の画面に大勢の人々がはみ出ていることが問題となった。当時のスペイン人にとっては、平民がキリストの頭より上にいることなど許せることではなかったのだ。もっと許せないのは、画面左下に描かれている三人の婦人たちだ。これらの婦人たちは、聖マリア、マグダラのマリア、小ヤコブの母だと説明されたが、聖書には、この三人の婦人たちがキリストの聖衣剥奪の場面に立ち会ったとする記録はない。ということは、この絵は異教的解釈に毒されたものだとの批判に値する、ということになったわけである。 キリストの聖衣剥奪は、イタリアやフランドルではポピュラーなテーマだったが、スペインでは珍しかった。そこへもってきて、誤解されやすい要素が混じっていたために、いっそう人々の反感を掻き立てたということらしい。 (1579年、キャンバスに油彩、75×43cm、オルガス、サント・トメ聖区教堂) |
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