壺齋散人の 美術批評
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菜園の苦悩:エル・グレコの幻想




「菜園の苦悩」と題するこの絵は、エル・グレコの中期の代表作との評価が高い。同じテーマでいくつかのヴァージョンを描いているが、アメリカのトレド美術館にあるこの作品が最初に描かれたとされている。ロンドンのナショナル・ギャラリーにも、ほぼ同じ内容の絵が収蔵されている。

テーマは、ゲッセマネの菜園におけるキリストの受難の始まりである。マタイ伝によれば、この菜園で天使がキリストの前に現れ、盃を差し出した。イエスはそれが己の受難を意味することを悟って、全身全霊で祈り、主に向かって「この盃を私から取り除いてください。わたしの意思ではなく、あなたの御心のままになりますように」と呼びかけた。その間、三人の弟子は、みな眠りこけていたので、イエスは三度も起こさねばならなかった。

マタイ伝の記述にしたがって、中央にひざまづいたイエスの前に天使が現れ、黄金の盃をさしだしている。その足元では三人の弟子(ペテロ、ヤコブ、ヨハネ)が寝むりこけている。まだ右下の遠景には、兵士たちに近づくユダが描かれている。

キリストの背後には山のようなものが聳えている。オリーヴ山だと思われる。イエスの光背として取り入れたのであろう。天上には満月が上り、地上を幽玄な光で満たしている。その光に照らされたかたちでいくつもの霧の被膜ができ、それが画面をいくつかに分割して構図に安定性をもたらしている。

画面の構成といい、人物の表情といい、色彩の使い方といい、エル・グレコの幻想的な雰囲気が良く表れた作品だといえよう。

(1590年、キャンバスに油彩、102.2×113.7cm、オハイオ、トレド美術館)





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