壺齋散人の 美術批評
HOMEブログ本館東京を描く水彩画ブレイク詩集フランス文学西洋哲学 | 万葉集プロフィールBBS


聖イシードロへの巡礼:ゴヤの黒い絵




聾の家一階食堂の右手側壁に、「魔女の夜宴」と正面から向かい合う形で、「聖イシードロへの巡礼」と題する絵(140×438cm)が描かれていた。二つの絵のサイズはほぼ同じである。

「聖イシードロ」はマドリードの守護聖者で、それを祭る教会が聾の家の近くにあった。イシードロは、12世紀に生きていた百姓だが、山で畑を耕していた時に、ある泉を発見した。その泉の水が、16世紀に及んで、フェリペ二世の難病をなおしたことから、この泉の発見者たるイシードロは聖人に列せられた。

毎年5月15日が聖イシードロのための祭日になっていて、この日には、大勢の人々が行列を組んで聖イシードロ教会への巡礼を行った。この絵は、その巡礼の様子を描いたものだとされる。

しかし、巡礼にしては、異様な眺めが展開している。巡礼の先頭には、ギターを抱えて声を張り上げている男が描かれているが、彼の右手には小さな男の子がつき従っている。男の目はつぶれているように見えることから、この子は盲人の案内役だと考えられる。恐らくこの盲人は、自分の眼を治してもらうことを目的の一つにして、この巡礼を先導しているのではないかと思える。

この盲人のすぐ後ろに、右手で杖をついた男が続いているが、この男の目もつぶれているようである。その男の背後に続く何人かの男たちも、どこやら体を損なっているような印象を与える。恐らく、この巡礼の最も大きな特色は、難病や身体障害に苦しむ人々が、救いと癒しを求めて参加していることにあるようだ。

先頭集団のすぐ後ろに、黒いマントをまといシルクハットを被った二人の男が描かれているが、これはゴヤとその友人だとする解釈がある。また、彼らの後ろの白いスカートの女性はレウカディアのようでもある。

ゴヤは、40代の頃から耳が聞えなくなったほか、放蕩がもとで性病に罹っていた可能性も指摘されている。だから、毎年聾の家の近くを通り過ぎる聖イシードロの巡礼の行列は、ゴヤにとって他人ごとではなく感じられたのかもしれない。





HOMEゴヤの黒い絵次へ









作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2011-2015
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである