壺齋散人の 美術批評
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運命:ゴヤの黒い絵




聾の家二階サロンの入り口から向かって左側手前の壁に描かれていたのが「運命」と題された絵(123×266cm)である。「運命」とは、ギリシャ神話に出てくる運命の女神モイライの三姉妹のことをさす。画面には、その三姉妹とともに正体不明の男が描かれている。男を含めた四人の人物が、夕日を反照した湖の上に浮かんでいる。なんとも不思議な雰囲気に包まれた絵だ。

三人の女神は、男の背後に並んで浮かんでいる。向かって左から、運命の糸を紡ぐというクロトー、運命の長さを測るというラケシス、運命の糸を切断するというアトロポスである。クロトーが両手に掴んでいるのは生まれたばかりの赤ん坊、その赤ん坊から運命の糸を紡ぎだし、それを隣のラケシスに渡すと、ラケシスはそれを天眼鏡で見ながら測定している。そして測定し終わった糸は、アトロポスの持っている鋏によって切断されるのである。人間の一生を、運命の女神の糸を用いて、隠喩的に表現しているのであろう。

手前の男が何をあらわしているかについては、定説がない。男は両腕を後ろに回しているので、恐らく運命の糸によって後ろ手に縛られているものと解釈できる。彼が投げだした左足の土踏まずには真紅の斑点があったとされるが、この斑点は魔女の徴なので、これは男ではなく女(=魔女)だとする見方もある。

また、これは巨大な男根を持った土俗のトリックスター的存在プリアポスだとする見解もある。それによれば、この絵は、性的な豊穣を描いたものだということになる。というのも、三女神のあしらっている糸はラテン語でスタメン( stamen )という。スタメンとはスタミナの語源となった言葉だ。だから、この女神たちとプリアポスは、性的なスタミナでつながっていると考えられるというのだ。

ギリシャ神話のモイライは、ローマ神話ではパルカイとなる。ポール・ヴァレリーの詩「若きパルク」は、このパルカイをテーマにしたものだ。





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