壺齋散人の 美術批評
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女の略奪:ゴヤの版画




(彼女は連れ去られた)

これは女の略奪を描いた作品である。真っ黒な闇を背景に、真っ黒な顔の男が女を抱きかかえているが、それはたった今略奪した女なのだ。女を略奪した顔の黒い男は、その着ているものから修道士だと推測される。とするとこの絵は、修道士が女を盗んでいるところを描いたということになる。

ゴヤは、この絵を通じて、好色で大胆な、同時代の宗教者たちの腐敗を皮肉ったのだと解釈できなくもない。しかしそれにしては不自然なところもある。女が両手を男の首に回しているところなどがそうだ。また、女は両足を自分の顏よりも高く持ち上げ、両脚の先端は布で縛られているようにも見える。高いところから引きずりおろされて、倒れないようにしがみついているのだろうか。

構図と言い、明暗対比と言い、「気まぐれ」の中でも最も技巧的な作品である。

(この絵の中にはもう一人の人間がいて、女の脚を抱えているのではないか、という指摘がさる読者からあった。よく見直して見ると確かにそのようである。顔がまったく見えず、胴体や脚も隠れているので誰もいないように見えるが、実際には画面左手にもう一人いて、それが右腕で女の脚を抱え込んでいるようだ。女の両脚が不自然に硬直しているのは、抱え込まれているせいだろう。ということは、この絵は二人の男が一人の女を連れ去るところを描いているということになる。二人で一人の女を連れ去って、何をしようというつもりか、改めて気になる)


(タンタロス)

タンタロスはギリシャ神話に出てくる人物。ゼウスに愛されていたことで傲慢になり、神々を欺いたために、神々の怒りをかって責苦を与えられる。その責苦とは、水を飲もうとすると水が引き、果物を食べようとすると風にあおられて手に届かないところに行ってしまうというものだった。

この絵は、タンタロスと同じように、折角素晴らしい女を手に入れたにかかわらず、インポテンツのためにその女とのセックスを楽しむことのできない、哀れな男を描いたものだ。

男の膝の上に女がぐったりと横たわっている。その表情は死にかかった者のようだ。もしも男が性的な能力を持っていたら、女はきっと生き返るにちがいない。男のほうは、呆然とした表情で、我が身の不甲斐なさを嘆いている。





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