壺齋散人の 美術批評
HOMEブログ本館東京を描く水彩画ブレイク詩集フランス文学西洋哲学 | 万葉集プロフィールBBS


とばっちり:ゴヤの版画



(可愛そうなお母さん)

対仏戦争は、スペインの一般民衆に塗炭の苦しみをもたらした。彼らは戦闘に巻き込まれてひどい目にあわされたほか、戦争に並行して広範囲に起こった飢饉のために、餓死するものが続出したのだった。

これは、そんな民衆の受難を描いた一枚。若い母親が三人の男たちによって抱き上げられている。おそらく死んでいるのだろう。死因はわからないが、その表情からしていまさっき死んだばかりのように思われる。

運ばれていく母親の後ろで、一人の女の子が両手を顔にあてて泣いている。この子は孤児になったばかりなのだ。この子は、何が起こったのかはっきりと理解できないままに、おそらく墓場へと運ばれてゆく母親の後を追い続けるのだろう。

こうした情景は、処刑されたり見せしめにされたりするスペイン人の残酷な運命とはまたちがった角度から、戦争の悲惨さを感じさせる。


(遅かった)

これは往来で野たれ死んだ女を描いたものと思われる。死んだばかりの女を、修道女風の女が抱きかかえている。この死んだ女の命運を神に祈ろうというかのように。

この、女が死者を抱きかかえるという構図は、伝統的なピエタの構図を思わせる。ゴヤはおそらく、それを意識しながらこの絵を描いたのではあるまいか。

そうすることで、この女の死が無駄なものではなく、戦争の悲惨さを人々に考えさせるひとつのよすがになるのを確信している、そうゴヤは言っているかのようだ。





HOMEゴヤの版画戦争の惨禍次へ









作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2011-2015
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである