壺齋散人の美術批評 |
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ふたりのフリーダ フリーダ・カーロの世界 |
フリーダ・カーロは、1939年の11月6日に正式に離婚した。その年の夏には、フリーダはコヨヤカンの両親の家で別居を始めたのだが、秋に離婚に合意、11月に書類上離婚したのだった。離婚を言い出したのはフリーダではなく、ディエゴだったという。フリーダは、自分がディエゴに捨てられたと思い、絶望したそうである。「ふたりのフリーダ(Los dos Fridas)」と題されたこの絵は、離婚直後に描かれたものである。 二人のフリーダが、並んで座っている。右側のフリーダは、メキシコの民族衣装テワナを身にまとい、左側のフリーダは、西洋風の衣装を着ている。彼女らの深い結びつきは、一本の血管で互いの心臓が結ばれていることで表現されているが、左側のフリーダは、自分の心臓から伸びた血管を鉗子で断ち切っている。そこからの出血が、フリーダの悲しみをあらわしていると考えられている。一方、右側のフリーダは、ディエゴの少年時代の肖像が描かれた御守を持っている。 背景も暗鬱とした雰囲気であり、フリーダの心の状態を暗示させる。この作品は、1940年1月にメキシコシティで開催されたシュルレアルズム展に、「傷ついたテーブル」とともに出展された。 (1939年 カンバスに油彩 173.5×173㎝ メキシコシティ、現代美術館) |
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