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エミーリエ・フレーゲの肖像(Boldnis Emilie Flöge):クリムト





クリムトの肖像画には、注文を受けて描いたものと、自発的に描いたものとの二種類がある。注文は裕福な実業家から、その妻を描くように要請されたものが多かったが、そうした絵をクリムトは、(ソニア・クニップスの肖像に見られるように)全体的に印象派的なふんわりとしたタッチで描き、顔の表情にはある種の理想的なイメージを付与したものだった。それに対して自分の意思で描いた肖像画には、クリムトらしい主張が込められている。

「エミーリエ・フレーゲの肖像(Boldnis Emilie Flöge)」は、クリムトが自発的に描いた肖像画の代表的なものである。エミーリア・フレーゲは、裕福な実業家の娘だったが、彼女の姉のヘレーネがクリムトの弟エルンストと1891年に結婚したことで、二人は近づきになった。それ以来彼女は、クリムトが死ぬまで彼の傍にいた。

この絵は、エミーリエが28歳のときの作品である。その頃の彼女は、アパレルショップを経営していて、クリムトは彼女のためにデザインを提供していた。この絵の中には、そうしたクリムトのデザイン感覚が反映されている。

注文を受けて描いた作品と違って、クリムト自身の意思が込められているのは、顔の表情や服の描き方から伺われる。彼女の表情には意思の強さがあらわれているが、これは経営者として生きる彼女の自立した雰囲気を強調したものだろう。クリムトは十七歳のときのエミーリエも描いているが、その絵の中のエミーリエは、知性は感じさせるものの、やはりお嬢さん的なイメージが強かった。28歳になったエミーリエは、彼女なりに人間として成長したのだ、というメッセージを、クリムトはこの絵に込めたのだろう。

服の描き方も、注文作品がふわっとした曖昧さで描かれているのに対して、この絵の中でエミーリエが着ている服は、身体にフィットして、しかも自由で動きやすい感じがする。また、服に施されたパターンは、クリムトが彼女のためにデザインしたものと共通すると考えられる。クリムトはこの絵の中で、エミーリエの人間としての自主性と、彼女に寄せる自分の特別の感情を、描き現わしたのだと思われる。それにしても、エミーリエのプロポーションは十頭身以上である。女性をこんなふうに極端に理想化して描いたのは、クリムト以外に見当たらないのではないか。



これは、エミーリエの顔の部分を拡大したもの。知的でかつ意思の強さを感じさせる表情だ。首に巻いているものは、この時代に流行ったアクセサリーなのだろう。顔全体の背景になっているパターンは、クリムトのデザイン感覚を表明しているものだ。

(1902年 カンヴァスに油彩 178×80cm ウィーン市立歴史美術館)





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