壺齋散人の 美術批評
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会話(La conversation):マティス、色彩の魔術





「赤のアトリエ」同様「会話(La conversation)」も、背景を一色で塗りつぶしたものだ。当初は「赤のアトリエ」と同じく、赤で塗りつぶしていたものを、後に青で塗りなおしたという。暖色の赤と寒色の青では全く正反対の色相なので、塗り替えによる効果はドラスティックに変ったはずだ。マティスが何故、赤から青に塗り替えたか、作品のモチーフと並んで、いろいろな解釈がなされている。

もっとも普通の解釈は、赤は激情の色であるのに対して、青は冷静な思考を表すに相応しい色というものだ。会話というものは、感情的な面も無論ないわけではないが、基本的には冷静な思考を伴うものだから、背景を表す色としては、赤より青が相応しいというものだ。マティスは、「音楽」でも背景を青く塗っており、それによって精神性を表現しようとしたフシがあるので、こうした見方も成り立たないわけではないかもしれない。(たしかに背景が赤一色だったら、会話よりも闘牛のほうが似合うだろう)

モチーフは、タイトルからして夫婦の会話を表していると考えるのが自然だと思うが、なかには違った解釈もある。まず、これは会話ではなく夫婦喧嘩を表したという見方がある。だがそうだとすれば、会話のように思考ではなく、感情が先立っているはずで、背景は青より赤のままだったほうがベターだ。それをわざわざ青に変えたということは、やはり夫婦の間の精神的活動である会話だとするのが自然ではないのか。

マティスが宗教的に敬虔な人間だったかどうか知らぬが、これはマティスの宗教感情を反映したものだとの見方もある。それによれば、右手の女性はマリアであり、左手の男はマリアに処女懐胎(無原罪のお宿り)を告げる天使だということになる。しかしそうだとすれば、天使に羽がついていないのが不自然だし、第一マリアを上から見下げているポーズが不謹慎だ。

夫婦が二人とも寝巻き姿なのは、これから寝るところを意味しているのだろう。だとすればこれは、これからベッドの中でセックスをすべきかどうか、二人で談合しているところだとする見方も成り立つ。右手の女のほうからは、どことなくセクシーな雰囲気が伝わってくるが、男のほうはポケットに手をつっこんだりして、どうもセクシーな感じには見えない。とすればこれは、行き違いの夫婦をテーマにしたものだと言えなくもない。

「赤い食卓」と同様、壁にうがたれた窓は、装飾用の絵のように見える。遠近感というものが全くないし、図柄もパネルに描かれたイラストのようだ。その窓枠をかたどった部分にNONという文字がはめ込まれている。何を拒絶しているのか、これもまた様々な憶測を呼んできた。どうもマティスには判じ絵の趣味があったようだ。

(1912年 キャンバスに油彩 177×217cm ペテルブルグ、エルミタージュ美術館)





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