壺齋散人の 美術批評
HOMEブログ本館東京を描く水彩画ブレイク詩集フランス文学西洋哲学 | 万葉集プロフィールBBS


ピアノのレッスン(La leçon de piano):マティス、色彩の魔術





1910年代の半ばから末にかけて、マティスはある種の転換期を迎えた。それまでの、装飾的で色彩豊かな技法を一旦ペンディングにして、ピカソのキュービズムの実験に共鳴するような、抽象的で理屈ばった絵を描くようになった。構図がいっそう抽象的になり、色彩的には地味でかつ単調さが目立つようになった。この時期のマティスの絵の評価は、マティス本来の傾向からの逸脱であり、したがって退化だとする見方と、新たな芸術の開発に向けての偉大な実験だったとの見方とに分かれている。前者の見方のほうが有力なようである。

「ピアノのレッスン(La leçon de piano)」と題する1916年の作品は、この時代のマティスの代表作である。一見してわかるとおり、それまでの絵に比較して、構図が抽象的で色彩も単調さを感じさせる。これにキュービズムの影響を見るものもいるが、ピカソのキュービズムとはかなり誓っている。ピカソのキュービズムは、対象の立体的な再構成であったが、この絵の場合には、再構成は平面的である。

空間の再構成は、ヴァーティカルな線とホリゾンタルな線の組み合わせからなっている。その点ではモンドリアンと通じるところがあるが、モンドリアンの場合には対象は線の組み合わせに解消されてしまうのに対して、マティスのこの絵の場合には、線の組み合わせは、モチーフであるピアノを弾く少年を引き立てる為の小道具のような扱いにとどまっている。

グレーを基調にしていることで、全体として沈着な印象を与える。こうした地味な色使いは、それまでのマティスには珍しかったものだ。こうした地味な色使いは、この絵の中に精神的な要素を盛り込みたいという意向の現れのようである。この時期のマティスは、絵の中の装飾的要素と精神的な雰囲気といったものとの調和に心がけていた。

右下でピアノの前に座っている少年は次男のピエールである。ピエールは、徴兵年齢に達する前に召集され、長男のジャンは勤労動員をしていた。マティス本人も、兵役を志願した。それほどこの時期のマティスは愛国心に駆られていた。この絵は、人にはそれぞれ役割があるということを匂わしてもいるわけである。

(1916年 キャンバスに油彩 245.1×212.7cm ニューヨーク、現代美術館)





HOMEマティス次へ










作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2011-2017
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである