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バラ色の裸婦(Nu rose):マティス、色彩の魔術





マティスは、1930年から三年かけて、フィラデルフィアのバーンズ財団の美術館を飾る為の壁画の製作に没頭した。それは、美術館の壁に開いた三つの扉の上の壁を飾るもので、テーマはマティスにとって馴染みの深い「ダンス」だった。三年ものあいだマティスは、自分のすべてをこの壁画の製作に打ち込んだわけだが、彼が注いだ力に見合うほどの名声は、この作品は彼にもたらさなかったようだ。

1930年代の前半は、この壁絵制作のほかは、たいした仕事をしていない。その頃のマティスには、自分の芸術についての深い疑問が生じていたとする証言もある。

そんななかで、マティスがこの時期に完成させた作品として注目すべきは、「バラ色の裸婦(Nu rose)」と題した絵である。マティスは、1934年に新しく雇ったリディア・デレクトルスカヤをモデルにして、横たわる裸婦像の制作に取りかかった。製作は一年にわたって続いた。その間に多くの習作を描き、最初は具象的なものから、次第に抽象的なものへと移行し、最後には現在見るような形に結実した。

1920年代のマティスは、豊穣さを感じさせる具象的な絵が特徴だったわけだが、30年代初めの具象と抽象との結婚というべき曖昧な作品である「ダンス」を経て、抽象性の強い絵へと変化していったことが読み取れる。

この絵は、女性の身体をきわめて抽象的に(デフォルメして)表現しながら、マティスの持ち味である装飾性を十二分に発揮している。マティスはこの絵の図柄を、できればキャンバスの上ではなく、壁画の形で表現したかったらしいが、残念なことに壁画の注文は得られなかった。

(今日壁画はちょっとしたブームになっており、公共建築はじめ多くの建築空間に壁画が飾られるようになった。それらの多くは、装飾性の高い抽象的な図柄を採用しているが、マティスはそういう方向付けに一定の役割を果たしたといってもよいだろう)

(1935年 キャンバスに油彩 66×92cm ボルティモア美術館)





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