壺齋散人の 美術批評
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不安:ムンク





「不安」と題するこの絵は、「叫び」と並んでムンクの代表作である。構図的にも「叫び」と良く似ている。赤い夕空を背景にして、湖にかかった橋の上を人々が歩いている。「叫び」の場合には、一人の人物に焦点が当てられていたが、この絵の場合には、群集がモチーフになっている。群集の心を捉える不安、それがこの絵のテーマだ。

不安な群集をモチーフにした絵としては、すでに「カール・ヨハン街の夕べ」があった。そこでは、目抜き通りを歩く群衆のうつろな姿が、人間の不安を感じさせていたが、まだ表面に出てくるほど、それは激しいものではなかった。ところが、この絵の中の群集は、一人一人が不安を抱いていることを感じさせる。それも強い不安だ。

この群集が、ラフで日常的な服装をしていたら、もっと違ったふうにうつるはずだ。ところがこれらの人々は、カール・ヨハン街を歩く人々同様、イヴニングドレスを思わせるような盛装をしている。自然に囲まれた田舎の風景の中を歩く盛装をした人々は、なにやら葬式の行列を思わせるようである。

どうもムンクは、この絵のなかで、現代の都会人の精神的な死を、葬列のイメージを通じて描きだしているフシがある。



これは、原作の二年後に作られた木版画。夕焼け空が強調される一方、橋や湖のイメージは弱まり、人々の表情はみな仮面をかぶっているように、無感動に見える。

ムンクの木版画は、日本の技術を取り入れ、いくつかの木版ブロックを重ね合わせることで表現している。この絵の場合、用意された木版ブロックは、二枚あるいは三枚程度だと思われる。

(1896年 カンヴァスに油彩 93×73cm オスロ ムンク美術館)




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