壺齋散人の 美術批評
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紳士とワインを飲む女:フェルメールの女性たち





「紳士とワインを飲む女」は、「士官と笑う娘」とよく比較される。両者とも若い娘がワインを飲むところをテーマにしながら、そこに男女の愛を絡ませている。また、若い娘がワインを飲むことは公序良俗に反しているのだとの寓意を込めている。といった具合に両者の共通性を強調する見方もあれば、構図の相違に着目する見方もある。いづれにしてもこの二つの作品は、遠くない時期を挟んで製作されたと考えられる。

構図については、「士官と笑う娘」が、二人の人物のうちの一人を画面の手前に大きく配して遠近感を強調しているのに対して、この絵は、二人の人物を画面の中ほどに配し、安定した感じを与える。だが、よく見ると不安定さを感じさせるところもある。全体的な印象では、壁にかけられた絵を消失点にした遠近法を採用しているように見えるのだが(テーブルの角度に顕著)、床の市松模様を見ると、右端に消失点があるようにも見える。この不安定というか、不調和は古くから指摘されていることだ。

色彩的には、全体として「士官と笑う娘」より暗い印象を与えるが、それは光の処理の仕方に由来する。「士官」では、窓から入った光が画面全体に行き渡っているのに、この絵では窓の付近と人物の陰影にそれが反映しているにすぎない。

「士官」の笑う娘は、ワイングラスを両手で握っているだけだったが、この絵の中の娘は、グラスを口につけてワインを飲み込んでいる。その様子を見下ろしている紳士は、デカンタに右手を添えて、もう一杯すすめようと構えている。こんなことから、この絵は、男が女を誘惑する場面を描いたものだとの解釈を強めたわけだ。

椅子の上に置かれたリュートとテーブルの楽譜は、この場面に先駆けて音楽が演奏されたことを想起させる。音楽の演奏は、快楽への序曲とも受け取れるので、紳士が娘を誘惑しているとの解釈を一層強める効果を果たしている。

窓枠のステンドグラスの形が四葉のクローバーになっているが、これには節制の寓意が込められていると考えられる。つまり、節度を守って振る舞うようにとの教訓を、これによってあらわしているとも考えられるわけである。



これは、ワインを飲む女の部分を拡大したもの。女がワイングラスの中に鼻と口を突っ込んで、グビグビと飲み干しているように見える。これによって、女のはしたなさを強調しているかのようだ。そのワイングラスの描き方が秀逸である。(カンヴァスに油彩 66.3×76.5cm ベルリン、国立美術館)





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