壺齋散人の 美術批評
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稽古の中断:フェルメールの女性たち





「稽古の中断」も、愛の誘惑をモチーフにしたものだとの解釈がなされている。ワイングラスを手にしたり、グラスからワインを飲んでいる女性たちとは異なり、この絵の中の女性は、男から手渡された手紙を読もうとしているところだ。ワインが女性への誘惑を直接感じさせるのに対して、手紙からはそのような感じはストレートには伝わってこない。しかし、この絵をよく見ると、愛への誘惑を感じさせる要素がいくつか認められる。

まず、音楽だ。テーブルの上には楽器と楽譜が置かれており、これはついさっきまでこの女性が楽器の演奏を楽しんでいたことを感じさせる。音楽は、フェルメールの世界にあっては、ただちに愛を連想させるものなのだ。

壁にかかった絵は、色があせてはっきり見えないが、キューピッドが描かれている。キューピッドはいうまでもなく愛の使者である。その愛の使者を背にして、男が若い女に手紙を渡している。これはだから、愛の手紙つまりラブレターだとの印象を持たされる。

だが、ワインを伴った一連の作品の中の女たちが、みな微笑んだりうれしそうに笑ったりしているのに比べ、この絵の中の若い女は、神妙な顔つきをして、こちら側、つまり観客のほうを向いている。あたかもこの手紙を読んだほうがいいのかどうか、観客に問いかけているかのようだ。

女に手紙を手渡している男の表情にも、この女を誘惑してやろうというような、好色な感じは見られない。それに男は女よりも随分年が離れているように見える。

この作品は顔料の退色が甚だしく、かなり磨耗してもいる。保存の状態が悪かったのだと指摘されている。それを考慮に入れながら、そもそもの状態を想定してみると、左側の窓を光源として、人物や静物に渡って広く光を当てていることが浮かび上がってくる。製作当時には、かなり明るい感じの絵だったと思われる。

横長の画面としては構図が安定している。人物や手前の椅子を上部だけ見せて、空間構成を緊密にしているせいだろう。



これは、女の部分を拡大したもの。フードの間からのぞいた表情が、かなり若々しく見える。まだ十代と思わせるほどだ。(カンヴァスに油彩 38.7×43.9cm ニューヨーク、フリック・コレクション)






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