壺齋散人の 美術批評
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絵画芸術:フェルメールの女性たち





「絵画芸術」の制作年代については、説が分かれている。構図上の類似性から「合奏」と同じ頃、1660年代の半ば過ぎだとする説と、最晩年に近い頃だとする説とがある。前者は、構図や彩色に完成度の高さが見られるのは、最晩年ではなく円熟期に属する証拠だと主張し、後者は、フェルメールはこの絵を寓意画として描いたのであり、その意図がこの絵の完成度を推し進めたのだと解釈する。ここでは、最晩年に属する一点と考えたい。

フェルメールがこの絵に寓意を込めたということは、モデルの女性の姿から解釈できる。この女性の姿は、歴史の女神クリオをかたどっている。クリオは、月桂冠をかぶり、人間の歴史を記した書物(あるいは巻物)と人間の偉業をたたえるラッパを持った姿であらわされてきたからである。壁にかかっているフランドルの地図も、フランドルが北部のオランダと南部のベルギーとに分割されており、やはり歴史を感じさせる。

そんなところからこの絵は、フランドルのたどってきた歴史に思いを馳せて描いたのではないか、と解釈されるわけである。そう解釈すれば、手前でクリオを描いている画家は、歴史を記録する書記のごとき意味合いを持つ。彼が画家らしからぬ厳粛な姿をしているのは、そのためだと考えれば納得がつく。

構図的には、さまざまなものがごっちゃになっていて、うるささを感じさせないでもないが、そのわりに安定して見えるのは、遠近法が利いているからだ。ラッパを持った右手あたりを消失点にして、単純な遠近法が施されているために、観客の視線はモデルの女性を中心として、その周囲をゆっくりと回るように誘導される。

手前のカーテンをアップして、しかも微細に描くことで、奥行きのある空間感覚をかもし出している。床の市松模様の位置取りも破綻がない。ただ、天上からぶら下がったシャンデリアの描き方には、ややしつこさを感じさせないでもない。このシャンデリアを描く筆致は、「ギターを弾く女」におけるギターの描き方(とりわけ共鳴穴の部分)と似ているところがある。

「絵画芸術」というタイトルは、フェルメール自身がつけたものではなく、彼の死後に便宜的につけられたものだ。したがって、この絵の解釈にあたって、このタイトルにあまりこだわる必要はない。



これはクリオをイメージした女性の部分を拡大したもの。フェルメールのほかの多くの絵とは異なって、女性は伏目がちにしている。円熟期のフェルメールの女たちは、みな観客のほうへ顔をむけ、目は大きく見開いていたものだ。(カンヴァスに油彩 130×110cm ウィーン、芸術史博物館)





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