壺齋散人の 美術批評
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ヴァージナルの前に座る女:フェルメールの女性たち





「ヴァージナルの前に座る女」は、「ヴァージナルの前に立つ女」とともに、フェルメール最晩年の作である。どちらも、ヴァージナルを前にしていること、二人とも全く同じ衣装を着ていることなどが共通している。ただし、ヴァージナルの位置が違う。一方は窓を背にしているのに対して、もう一方は窓の下に置かれている。この窓のある部屋は、「リュートを持つ女」と同じである。

この部屋は、「ヴァージナルの前に立つ女」と同じだと思われる。「立つ女」の場合には、窓にはカーテンが付けられておらず、外光が部屋の中を明るくしているが、「座る女」の場合には、窓の上部にカーテンがかかっている上に、光が全く入ってこない。ということは、夜なのだろう。フェルメールにしてはめずらしく、この絵の中の光源は人工の灯ということになる。

その光源は、女の座っている部屋の天上からと、手前の部屋からと、二つの方向から射しているようである。それは女の衣装の襞の描き方と、ヴァージナルやチェロの影の描き方から推測される。

構図的には、「立つ女」よりはバランスがとれているが、ごちゃごちゃとした印象は免れない。初期のフェルメールが、比較的単純な構図を好んだのに対して、晩年のフェルメールには複雑な構図を好む傾向が強い。その結果、ごちゃごちゃした印象を与えてしまうわけである。

女性の頭上に架かっている絵は、ファン・バビューレンの「取り持ち女」である。この絵は、フェルメールの初期の作品「取り持ち女」に影響を与えたほか、「合奏」の画中画としても出てきた。フェルメールがこの絵を、「座る女」の画中画として採用したについて、なにか意図があったのか、はっきりとはわからない。

ヴァージナルの蓋の裏にも絵が描かれているが、この絵は「立つ女」のなかのヴァージナルの蓋の絵とは違っている。また、ヴァージナルの側面には、花の絵が描かれているが、こちらはかなりぞんざいな描き方になっている。かえってないほうがすっきりしていい。

左手前にチェロが斜めに立てかけられているが、チェロは「音楽の稽古」と「合奏」の中でも、鍵盤楽器とセットになった形で取り入れられていた。どれも演奏されることはなく、ただ置かれているという点で共通している。フェルメールがチェロをこういう形で組み合わせることに、どのような意図を込めていたか、それもよくはわからない。



これは女性の顔の部分を拡大したもの。女性の顔の影だけに注目すると、光は左手の斜め上から差しているように感じられるが、全体を改めてみると、その方向に光源があるようには見えない。そんなことからこの絵は、光の処理の仕方に破綻があるようにも感じられる。(カンヴァスに油彩 51.5×45.5cm ロンドン、ナショナル・ギャラリー)





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