壺齋散人の 美術批評
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イカロスの墜落:ブリューゲルの世界




「イカロスの墜落」と題するこの作品は、ブリューゲルがイタリア旅行から戻ってきた少し後に描いたものだとされている。一連の油彩画を描く以前のことで、1558年以前の創作だろうと思われている。

この絵はギリシャ神話で有名なイカロスの伝説を寓意的に描いたものだ。ブリューゲルはその伝説をオヴィディウスの「メタモルフォーゼ物語」のテクストに従って解釈している。

イカロスは父親のダイダロスに蝋で作った翼を与えられるが、余り太陽に近づいてはいけないという警告を無視して、太陽と飛び比べをする。その時に太陽に近づきすぎたために、太陽の熱で蝋が溶けて、イカロスは海に転落してしまう。地上では漁師や、羊飼いや、犂を引く農民たちがイカロスの転落するところを眺めあげていた、という筋書きである。

しかしブリューゲルは筋書きをそのままに再現したのではなかった。オヴィディウスの叙述では、太陽は中天にあるはずなのに、この絵の中では水平線の彼方に沈もうとしている。そして海に落ちたイカロスは、波の上から脚を出しておぼれている姿で描かれている。

オヴィディウスでは、人物たちはみな一様に空中を見上げていることになっているが、この絵の中で空を見上げているのは羊飼いだけだ。しかも彼が見ているのはイカロスではない。イカロスは彼の背後の海に落ちて、脚をバタバタさせているのだ。

農民も漁師もイカロスのことなど眼中にないといった様子で、自分の仕事に熱中している。

こんな独自の解釈で、ブリューゲルが何を言いたかったのか。筆者にはわからないが、少なくとも彼が、イカロスを笑いものにしているらしいことだけは伝わってくる。

(1558年ころ、キャンヴァスに油彩、板に張り付け、73.5×112cm、ブリュッセル)





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