壺齋散人の 美術批評
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デューラー晩年の自画像




晩年のデューラーは公開を前提とした自画像を描くことはなかったが、自分自身のスケッチはいくつか残している。これは、鏡に映った自分の裸体を描いたスケッチである。(1505年、紙にペンと筆、29.2×15.4cm、ワイマール、シュロス博物館)

顔は単純で力強いタッチで描かれているのに対して、身体部分はかなり詳細に描かれている。なかでもペニスは入念に描かれている。この絵を通じて我々は、デューラーが包茎であったことを知るのである。

目つきをみると、若い頃のようなまなざしのやさしさは感じられない。それは幾分猫背の姿勢と関連があるのだろう。鏡が小さすぎて、こうしなければ身体がおさまりきれなかったのかもしれない。



最晩年(50歳代)のデューラーは、ネーデルラント旅行中の病気がもとで、常に体調がすぐれなかったようだ。この絵(悲しみの人としてのキリスト)は、キリストの下絵のために描いたもので、キリストの悲しみに自分の苦しみを重ねあわせているフシがある。(1522年、紙に銀筆、ブレーメン、クンストハレ)

最晩年のデューラーは、キリストの人間化という課題に取り組んだのであるが、人間としてのキリストを自分の姿に重ねあわせて理解しようとするのは、自然なことだったともいえる。



この絵のなかのデューラーは、右手の指で膵臓のあるあたりを指している。上部の書付には、ここがいたいのだ、と書かれている。デューラーはこの絵を通じて、自分の症状を医者に訴えたのだと思われる。(ブレーメン、クンストハレ)





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