壺齋散人の 美術批評
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北から見たトレント:デューラーの水彩風景画(空気遠近法)




1494年の秋から翌年の春にかけてのイタリア旅行は、デューラーの画業に大きな転機を与えた。デューラーはイタリア、とりわけヴェネチア派の絵画に接することで、技術的にも表現の上でも各段の進歩を遂げたのである。その進歩の過程は、デューラーがこの旅に携えて行った水彩画のスケッチブックを見るとよくわかる。往路に描いた風景スケッチと、復路のそれとでは、非常な格差が認められるのである。

デューラーが遂げた進歩は、二つの面から指摘できる。まず表現が豊かになったこと。これは人物画に著しく窺えるのであるが、一言でいえばネーデルラント風の静的な画面構成から、イタリア風の動きのある画面構成へと変わったことだ。技術的にも、ヴェネチア風に、明暗対比とグラデーションを活用することを覚えた。これは、水彩画にもよくあてはまる。

この絵(北から見たトレント)は、そんなデューラーの初期の水彩画を代表する作品である。この絵では、デューラーはヴェネチア派の技術をフンダンに取り入れている。明暗対比とグラデーションのほかに、空気遠近法と呼ばれる技術、及び色によって形態を表す技術である。

空気遠近法とは、色彩によって遠近感を表現する技法で、ベリーニなどが背景になる風景の表現に用いたものだ。それまでは、背景といえども線による形態表現が中心で、画家は線で囲まれた領域に絵の具を置くというやり方をとっていたものを、色だけで形態を表現するという技術だ。

デューラーはこの技術を背景のみならず、前景の人物表現にも取り入れていくようになる。版画では線が命になるのだが、絵画ではなるべく線を意識させないように描く。それがデューラーの特徴だが、デューラーはそれをイタリア留学時代に会得したといえよう。

なおデューラー以前には、風景は人物画の背景として描かれてきた。風景をそのものとして、風景画として特化させた絵は存在しなかった。デューラーは風景画を、絵画の一ジャンルとして独立させたのである。だからデューラーは風景画(特に水彩画で)の父とも呼ばれる。

デューラーが風景画を描いたのは、売ることが目的ではなかった。あくまでも個人的な嗜好の対象として描いたのである。

(羊皮紙に水彩とグアッシュ、23.8×35.6cm、ブレーメン、クンストハレ)






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