壺齋散人の 美術批評
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ヨハネの黙示録シリーズ:デューラーの木版画




デューラーは1498年に木版画のシリーズを刊行した、「ヨハネの黙示録」というもので、黙示録の中の記述を十四点の木版画に描きだし、それにヨハネの肖像を加えたものだった。これは大当たりをとり、デューラーの名を一躍世間に知らしめたという。

この木版画制作には背景がある。中世のヨーロッパ人は終末思想を信じていて、この世界の終末とイエス・キリストによる最後の審判が近づいていると予感していた。その時期としてとりあえず西暦1500年というのが身近に待ち構えていた。その年にはすべての人々に、最後の審判が下されるだろう。人々はそう信じ、自分自身の罪の深さに恐れおののいていたのである。

世界の終末とはいったいどのようなものなのか。新約聖書の最後にある「ヨハネの黙示録」が、その有様を予言した書として広く信じられていた。この書を読めば、世界の終末に起こるであろう出来事が、ことごとく予見できる。あのルターを含めて当時の人々は、真剣にそう考えていたのである。

それ故デューラーのこの作品は、特別な意味を担わされていたのである。デューラーは「ヨハネの黙示録」に書かれている出来事を、版画の形で視覚的に表すことによって、無知な人々に世界の終末の近いことを知らせ、それに対して心構えすることをすすめたのであった。この作品が当時の民衆から熱狂的に迎えられた理由はそこにある。これは単なる芸術作品などではなく、信仰のよりどころであったのだ。

デューラーがこれを木版画で作成したことには、それなりの理由があるようである。木版画はまだ新しい技術だった。既成の複製芸術たる銅版画などと比べ、木版画は表現の幅が広かった。そんな利点をデューラーは最大限に生かそうとしたようである。だが彼の作成した木版画は、モノトーンなものばかりである。

シリーズの最初には、ヨハネを描いたこの作品が来る。伝説によるとヨハネは、ローマで迫害にあい、油を煮え立たせた大釜のなかで殉教するところを、奇蹟的に命が助かり、監獄の島パトモスに流された。「ヨハネによる福音書」や「ヨハネの黙示録」はパトモス島で書かれたとされている。

大釜の中に腰かけたヨハネは天の方向を見上げながら祈りを捧げている。そのヨハネに獄卒が柄杓で油をかけている。大釜には火が焚きつけられ、油はやがて煮えたぎるだろう。そうなればヨハネは人肉のから揚げと化すであろう。

ローマの執政官と思われる堂々たる男がヨハネの様子を監視し、周りには大勢の見物人がとりまいている。彼らにとっては、人が釜茹でされるところは、格好の気晴らしなのだ。丁度ゴルゴダの丘に向かって歩むキリストを邪悪な目が追いかけていたように、ここでもヨハネは人々の邪悪な視線に取り囲まれている。

(1497-1498年、木版画、39.5×28.2cm、カールスルーエ国立美術館)





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