壺齋散人の 美術批評
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十字架を担うキリスト:ボスの世界




十字架を担うキリストの像を、ボスは少なくとも3点描いているが、その最後のものがこの絵である。ボスの最高傑作と言ってよい。

画面ほぼ中央に十字架の重みに耐えているキリストが描かれ、キリストの右手に泥棒と人殺し、左手に聖ヴェロニカが描かれている。右上の泥棒の方は死の恐怖におののき、右下の人殺しは邪悪な表情をしている。キリストと二人の罪びとをゴルゴタの丘に引き立てていく群衆は、一人一人が邪悪な表情をしている。人間の邪悪さを表現したものとしては、この絵ほど迫力のあるものは見たことがない。

キリストをはじめとした一団がすべて右へ向かって動いているのに対して、ひとりヴェロニカのみは左手に向かっている。彼女の表情は深い沈黙を漂わせ、その手には布がかかげられている。布に浮かんでいる顔はキリストのものである。

聖ヴェロニカは、引き立てられていくキリストに自分のヴェールを差し出し、それで汗をぬぐうように勧めたのだった。ヴェールを受け取ったキリストはそれで顔の汗を拭き、ヴェロニカに返したのであるが、ヴェロニカがそれをかざして歩きはじめると、ヴェールにキリストの顔のイメージが現れたと、聖書は伝えている。

それにしても、キリストを囲む人々の表情が、何ともすさまじい。彼らの表情の邪悪さが余りにも度を外れているために、キリストの諦念とヴェロニカの沈黙とが一層強く浮かび上がってくる。

この作品が、画業の末にボスのたどり着いた境地を表しているのだとしたら、その境地とはあまりにも人間的な色彩に満ちたものだったといえるのではないか。

(パネルに油彩、76.7×83.5cm、ゲント美術館)





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