壺齋散人の 美術批評
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いかさま師:カラヴァッジオの世界




カラヴァッジオは、プッチのもとを飛び出したあと、二三の画家のところに寄食したり、放浪同然の暮しを経て、カヴァリエール・ダルピーノの門人になった。ダルピーノは、カラヴァッジオよりわずか三歳年長だったが、当時はすでに一流の画家として、ローマでは有名であった。折からローマでは西暦1600年のジュビリーを控えて、方々で教会の建築や都市の改造が進んでいて、それらを飾るための絵画の需要が高まっていた。ダルピーノのもとには、大勢の注文が舞い込んでいたようだ。そんなダルピーノにとって、カラヴァッジオもそれなりの戦力になったはずだ。もっともカラヴァッジオは、ダルピーノが得意としたフレスコ画は、苦手であった。

カラヴァッジオがダルピーノと接点を持ったのは、ダルピーノの弟ベルナルディーノ・チェザーリを通じてであった、ベルナルディーノは無頼漢たちとつながりがあり、その無頼漢の一人がカラヴァッジオだったのである。ダルピーノの工房でカラヴァッジオは、同僚の画家オルシと懇意になった。オルシはカラヴァッジオを売り出すために、大いに奔走してくれたのである。

ダルピーノの工房では、カラヴァッジオは一層の進化をとげたようだ。「いかさま師」と題するこの絵は、その頃の作品と思われるが、「トカゲにかまれた少年」と比較すると、色彩の使い方に一段の進歩が認められる。全体に明るい画面のなかにも、明暗対比がはっきりしていて、非常にメリハリがきいている。

二人組のいかさま師たちが、うぶな青年を騙している場面。一人は青年の背後に回ってもち札を相棒に知らせ、相棒はそれをもとに替えのカードを背中から抜き取ろうとしている。こういういかさま師たちは、当時カラヴァッジオが付き合っていた無頼漢たちの中にもいたのであろう。この絵は、カラヴァッジオの日常の体験にヒントを得たものといえる。



これはカードを切ろうとする青年と、カードの中身を覗いているいかさま師のひとり。いかさま師の狡猾な表情が印象的だ。

なお、この絵は、カラヴァッジオにとって転機をもたらしてくれた。枢機卿のデル・モンテがこの絵を非常に気に入って、カラヴァッジオを自分の屋敷に寄食させてくれたのだ。以後カラヴァッジオはデル・モンテの庇護を受けながら、ローマの絵画界に存在感を示していくこととなる。

(1995年頃 カンバスに油彩 91.5×128.2㎝ フォートワース、キンベル美術館)




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