壺齋散人の 美術批評
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聖マタイの殉教:カラヴァッジオの世界




聖マタイは「マタイによる福音書」の著者であり、エジプトで殉教したと言われる。その殉教は、国王の恋を邪魔したことで憎まれ、暗殺されたのだという。その前にマタイは、死んだ王女を生き返らせる奇跡を行っていたのだったが、新しく王になったヒルタコスが、その王女の美しさに恋をして妻にしようとしたところ、聖マタイが反対した。そこで怒ったヒルタコスが、刺客を派遣して、マタイを殺させたというのである。

絵は、その暗殺の現場を描いている。画面中央に剣を持った半裸の刺客が立ち、その足元に聖マタイが倒れて、暗殺者のほうを見上げている。かれらの周囲には、円環的に人物が配置されている。そのうち右上には、雲に乗った天使が棕櫚の葉をマタイに向かってさしのべているが、これは殉教のしるしである。天使の下、マアイの頭の近くでは少年が叫びながら逃げ惑い、その他の人びとも驚愕の表情をしている。

画面の印象は非常に切迫感に富んでいる。右上から斜めにさしてくる光線が、刺客と聖マタイにそそぎ、かれらを暗い背景から浮かび上がらせる効果を発揮している。その他の人物像は、円環状に配置され、その円環の外側は漆黒に塗られているために、人物との間で劇的なコントラストを演出している。これは、後にレンブラントやフェルメールへとつながるバロック美術の、最初の偉大な達成として、美術史上に燦然と輝く作品といってよい。



これは、刺客の部分を拡大したもの。背後との強烈なコントラスト及び人物を立体的に見せる陰影配置など、それまでの西洋絵画にはなかった、全く新しい表現様式を感じさせる。



これは、刺客の背後から暗殺現場を見返している男で、ヒルタコスではないかと言われるが、モデルはカラヴァッジオ自身である。この絵を描いた時、カラヴァッジオはまだ二十九歳だったが、すでに中年男のような表情を見せている。

この作品を、最初のバージョンと比べると、相違は歴然としている。最初のバージョンでは、複数の人物が同一平面上で並んで立っており、構図としては単調だったものが、この作品では、人物は円環状に配置され、見る者の視線をリズミカルに誘導する効果を持たせている。そのため兄弟作品である「聖マタイの召命」と呼応するような具合になっている。「聖マタイの召命」も、見る者の視線をリズミカルに誘導するものであったが、この作品は、それ以上のダイナミズムを感じさせるものになった。

聖マタイをモチーフにしたこれら二つの作品は大変な評判を呼び、コントレッラ礼拝堂には連日大勢の見物客が押し寄せたということだ。

(1600年頃 カンバスに油彩 323×343㎝ ローマ、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂)




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