壺齋散人の 美術批評
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聖母の死:カラヴァッジオの世界




カラヴァッジオは「キリストの埋葬」と前後して、サンタ・マリア・デル・スカラ聖堂のために大作を制作した。「聖母マリアの死」である。これはカラヴァッジオの才能を評価したラエルツィオ・ケルビーニの意向によるもので、サンタ・マリアの聖堂に相応しいモチーフと考えられたわけだ。普通、聖母の死のモチーフは、「聖母被昇天」というかたちで、大勢の人々に見守られながら、天国へと上昇していく姿であらわされるものだが、カラヴァッジオはそうした伝統を無死して、まったく新たな見地から聖母の死のモチーフを描いた。

この絵の中の聖母は、死体として横たわった姿で描かれている。昇天どころではない。腹を膨らませ、足を投げ出して、完全に伸びた姿は、ごく普通の死体にすぎない。周囲には大勢の人々がおり、かれらの悲しみの表情が幾分か厳粛さを添えているとはいえ、このように伸びた姿の聖母では、ありがたみが感じられない。というわけで、この絵は協会側から受領を拒絶されてしまった。仲介したケルビーニは、面子をつぶされた上に、膨大な出費をさせられ、その穴埋めにこの絵を競売に付したそうだ。

この絵は又、別な理由からスキャンダルを巻き起こした。聖母のモデルは、水死した売春婦ではないかとの噂が立ったのだ。その売春婦が誰かはわからない。おそらくカラヴァッジオの放蕩が呼び寄せたデマだったと思われる。デレク・ジャーマンは、映画「カラヴァッジオ」の中で、レナという名の売春婦がモデルだとほのめかしている。



これは聖母マリアの死体の部分を拡大したもの。腹がふくれているのは溺死した徴である。手前の女はマグダラのマリア。マグダラのマリアは悔悛した売春婦であり、こうした絵のテーマにはそぐわないと考えられていた。そのことも受領拒否の理由の一つではないか。

なお、この絵は、マントヴァのゴンザーガ公が購入し、イギリスのチャールズ一世を経て、ルイ十四世がヴェルサイユ宮殿の目玉として買い取り、いまではルーヴル美術館にある。カラヴァッジオの代表作といってよい。

(1604年頃 カンバスに油彩 369×245㎝ パリ、ルーヴル美術館)




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