壺齋散人の 美術批評
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静物(Nature Morte):セザンヌの静物画




単に「静物(Nature Morte)」と題した、1887年に完成したこの絵は、セザンヌの技術が一層深化したことを物語っている。モチーフを暗い背景とのコントラストに置いて浮かび上がらせることは依然としているが、全体に画面がクリアになっており、しかも暖かい雰囲気を感じさせる。暖色を多用しているためだ。

構図は非常にコンパクトながら、工夫を感じさせる。箪笥の引き出しやテーブルのラインが形成する水平線と、モチーフの並べ方が醸し出す垂直線との交差を基本にしつつ、画面に変化をもたらすために、ナプキンが大胆に活用されている。画面の大きな部分を占めるこのナプキンは、上部が浪のように盛り上がっており、そのうねりの感覚が画面に動きの要素をもたらしているわけである。だからこの絵は、縦横のシンメトリーと浪の躍動感が絡み合った独特の感じを醸し出しているといえる。

皿の上に盛られたリンゴの塊が画面の中央を占め、見る者の視線をまずはそこに釘付けにする。リンゴの周囲は、壺やナプキンの白によって囲まれているが、リンゴの輪郭と白い背景との間に巧妙な影がつけられているので、リンゴは浮き上がって立体的に見える。そしてリンゴと白い物体を含めた前面のモチーフ全体が、暖色系の暗い背景からくっきりと浮かび上がるようになっている。

一旦林檎に集中した見る者の視線は、次に周囲の白い部分に拡散し、更にその背景へと段階を追って移っていく。この視線の自然な異動が、見る物に独特の躍動感をもたらす。その躍動感が、強い満足感につながることは、いうまでもない。

(1883-1887年、キャンバスに油彩、65×81cm、ハーヴァード大学)





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