壺齋散人の 美術批評
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家畜商人:シャガールの恋人たち




「家畜商人」と題したこの絵は、ヴィテブスクでの少年時代を回想したものである。ヴィテブスクはベラルーシ東部の町で、65000人の人口のうち半分はユダヤ人だった。というより、ユダヤ人居住区(ペイルといった)を抱えた町だったということだ。こうしたユダヤ人居住区はロシアの各地に設けられ、ロシアにいた500万人のユダヤ人たちは、これらの居住区のいずれかに住むことを義務付けられていた。居住区内のユダヤ人は、自分たちの民族的な伝統を守りながら、助け合って生きていたのである。この絵からも、そうした人々の関係の暖かさのようなものが伝わってくる。

「家畜商人」と題するからには、この絵の中の夫婦は、市場へ家畜を売りに行く途中なのであろう。夫が引く馬車の上にはヤギが乗せられ、馬車の後ろに歩いて続く妻は肩に羊を背負っている。この動物たちは、これから屠殺される運命にあるわけだが、絵からはそうした不吉な雰囲気は伝わってこない。むしろ牧歌的とさえいえる雰囲気が漂っている。

馬が仔馬を孕んでいるのも、そのひとつの原因だろう。シャガールは、動物の腹の中に胎児を描き込むのが好きだったが、この絵はその初期の例である。胎児を描くことで、平和な雰囲気がメッセージとして伝わってくる。

一行が渡りつつある橋と、背景として広がる空間との対比が強烈な感じを与える。背景はほぼ真っ黒に塗りつぶされているので、橋が前景にくっきりと浮かび出ている。その前景の中に、一組の男女が何気なく挟み込まれているが、この男女は何をイメージしているのだろう。

(1912年、キャンバスに油彩、97.0×200.5cm、バーゼル美術館)





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