壺齋散人の 美術批評
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ふたりの肖像とワイングラス:シャガールの恋人たち




「ふたりの肖像とワイングラス」と題したこの絵も、「誕生日」や「町の上」と同じ系列の絵である。重力を無視するかのように空中に漂う男、女性の肩に乗っているとはいえ、ふわふわとした感じを漂わせながらワイングラスを天に向かって差し上げている男、彼らのイメージが、昂揚した精神を感じさせる。

これが、ベラとの結婚生活の喜びを反映したものだと考えるには十分な根拠があると思われるが、この絵にはもうひとつ、シャガールの精神を高揚させる要因が働いていると指摘されている。ロシア革命の成功である。この革命は、民族自決などのスローガンを掲げていたので、長い間迫害され続けてきたロシアのユダヤ人にとっては、解放への希望を目覚めさせるものとして受け取られた。

それだけではない。シャガールはロシア革命を積極的に評価していた。そんなこともあって、彼は革命政府の要職に就くことができた。ヴィテブスクの美術人民委員に任命されたのである。それには、レーニンによって人民教育文化委員長に任命されたアナトリー・ルナチャルスキーの推薦があった。シャガールとルナチャルスキーはパリで知りあっていたのである。

ともあれ、シャガールは任命された職務に精励し、展覧会を組織したり、美術館を開設したり、ヴィテブスクの美術学校で教鞭を取ったりした。そうした新しい生活の充実感が、この絵の中に反映しているのではいか、と思われるのである。

ヴィテブスクの町を流れるダウガヴァ川の水上にベラが立ちあがり、その肩の上にシャガールが乗ってワイングラスを高々と差し上げている。シャガールの頭上に浮いている男には、翼がついているから、これは天使のつもりなのだろう。この三人は、一本の垂直線によって結ばれており、天と地との連結を想起させる。

この絵によってシャガールは、ロシア革命によって、地上と天井とが結ばれようとしているとのメッセージを発しているつもりなのかもしれない。

(1918年、キャンバスに油彩、235×137cm、パリ、ポンピドゥー美術館)





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