パラソルを持った牝牛：シャガールの恋人たち



シャガールのアメリカ滞在は約7年間にわたったが、その中で傑作を上げるとすれば、この「パラソルを持った牝牛」だろう。アメリカ滞在前期のシャガールの絵には、暗い色彩の絵が多いのであるが、これは暖色を主体として、燃えるような色遣いだ。この絵をシャガールは、ニューヨーク北方のキャツキル山地にある古風な山小屋で描いた。ベラの死からようやく立ち直ったシャガールは、この別荘で、ベラの面影から自由になり、制作意欲を新たにしたのだという。シャガールの制作意欲を掻き立てた要因は、ほかにもあった。シャガールは、娘イダが紹介したある女性と恋に陥ったのだ。老いらくの恋であったが、シャガールにとっては、精神の若返りをもたらしたであろう。この女性、ヴァージニア・ハガードとの間には、一人の息子まで儲けるが、正式に結婚するには至らず（ヴァージニアには夫がいた）、7年間の共同生活の後に、ヴァージニアのほうから去って行った。夕日で真っ赤に染まった空を背景にして、空中に浮かんだ牝牛がパラソルをさしている。その牝牛の腹に仔牛が首を突っ込んで乳を飲もうとしている。牝牛の尻尾の先には恋人たちがまとわりつき、後足では道化と思しき男を踏みつけにしている。雄鶏はシャガール馴染みの形象で、ここに入れるのは御愛想だろう。牝牛の足下に広がっている町はヴィテブスクと思われる。シャガールとしては、久しぶりに明るい色彩感覚に満ちた作品となった。それには、メキシコに旅行した時に見た、現地の民族芸術の刺激があったとも考えられる。（1946年、キャンバスに油彩、77.5×106cm、ニューヨーク、ツァイスラー・コレクション）
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