壺齋散人の美術批評
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アブサント:ドガの風俗画




1870年代のドガは、踊り子を描く一方、風俗画風の作品も手掛けた。洗濯女、カフェ・コンセールの歌手、娼婦といったものをモチーフにした。「アブサント(L'absinthe ・Dans un café))」と題されたこの作品は、そうした風俗画風の作品を代表するもの。

ドガはこの作品を、印象派展に出展したが、たちまち大反響を呼んだ。ドガが生前に公開した作品のなかで、この作品ほど大きな反響を呼んだものはないといわれる。反響といっても、それはマイナスイメージの強いもので、画面にただよう退廃的な雰囲気が、偽善的なフランス人の憤慨を呼んだのだった。

図柄としては、カフェのなかで、飲み物を前に並んで腰かけている一対の男女を描いているだけなのだが、これが娼婦とその色男として受け取られた。しかし、ドガ本人には、そんな意図はなかった。というのも、モデルの二人はドガの親しい友人だからだ。男の方は版画家マルスラン・デブータンであり、女のほうは歌手のエレーヌ・アンドレだった。そんな友人たちをみだらな人間として描くわけにはいかない。

ところが、画面を見るかぎり、やはりみだらな雰囲気が伝わってくるのである。男はアブサンを前にしているし、女のほうはわれここにあらずといった、放縦な印象を与える。こうしたドラマを感じさせるような雰囲気の絵は、作家たちに支持された。ゴンクールやゾラといった作家が、場面描写をするさいに、ドガの絵をとりどころにしたというのである。

(1876年 カンバスに油彩 92×68㎝ パリ、オルセー美術館)



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