壺齋散人の 美術批評
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地獄のダンテとヴェルギリウス:ドラクロアの世界




「ダンテの小舟」の通称で知られるこの絵は、正式には「プレギュアスに導かれて地獄のディーテの都市の城壁を取り巻く沼を渡るダンテとヴェルギリウス」という。ダンテの「神曲地獄篇」に取材した作品だ。ドラクロアはこの絵を、若干24歳で制作し、その年のサロンに出展した。大変な話題になり、ドラクロアは一躍時の人になった。作品は現代美術館として開館したばかりのリュクサンブール美術館のために、政府によって買い上げられた。ドラクロアの輝かしい出世作であり、以後かれはフランスの美術界を代表する偉大な画家に上り詰めていく。

モチーフは、地獄篇第八歌からとられている。プレギュアスの漕ぐ小舟に乗ってステュクスの沼を渡っていると、フィレンツェ人フィリッポ・アルジェンティに呼び止められる。ダンテはアルジェンティに語りかけようとするが、ヴィルギリウスに制止される。怒るアルジェンティの周囲にはあまたの亡霊がいて、アルジェンティを責めさいなんでいる。その様子をわき目にしながら、ダンテとヴェルギリウスはディーテの門に向う、というのがこの歌の趣旨である。それをこの絵は、ヴィジュアルに再現したというわけである。

プレギュアスは背中を向けて櫓を漕いでいる。船の上に立ちあがったダンテとヴィリギリウスが、船尾にとりつこうとするアルジェンティを見つめている。左の赤いフードを被っているのがダンテ、右の茨の王冠を漬けているのがヴィルギリウス。船のまわりには大勢の亡霊たちが浮かんでいる。その表情は苦悩と怒りに燃え、すさまじい迫力を感じさせる。

ドラクロアはこの絵の構図を、三年前ほどに描かれたジェリコの「メデュース号の筏」を意識しながら決めたと言われる。ジェリコの作品と比べると、ダイナミックさを強く感じさせるが、そうしたダイナミックな動きが、彼が代表するロマン主義絵画の最大の特徴となっていく。アングルの静的な安定と比較して、ドラクロアは動的なダイナミズムを最大の特徴とするのである。

(1822年 カンヴァスに油彩 189.0×241.5㎝ パリ、ルーヴル美術館)




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