壺齋散人の 美術批評
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ドン・ジュアンの難船:ドラクロアの世界




「ドン・ジュアンの難船(La naufrage de Don Juan)」と題するこの絵は、バイロンの長編詩「ドン・ジュアン」に取材した作品。ドラクロアはバイロンを尊敬しており、バイロンが命をかけたギリシャ独立戦争に取材した作品も手がけている。

構図は、第二歌で歌われる場面にもとづいている。ドン・ジュアンの乗った船が難船して、ドン・ジュアン以下十数名の人間がボートで海上を漂流するうち、食料が尽きて、そのままでは全員が餓死する運命に見舞われる。そこで誰か一人を殺して、その肉を残りの人間で分け合おうということになった。食べられるものは籤で決めようというのだ。

絵は、まさに籤引きが行われているシーンを描いている。画面やや右手に、盥をもった男が座り、その周りを大勢の人間が取り囲んでいる。盥の中には籤が入っていて、それをみなで引き当てているところだろうと思われる。

ドン・ジュアンは、画面左手に、舳先付近に寝そべって様子を見ている男だろう。その表情には飢えと疲労の様子が伺える。ボードレールもドン・ジュアンをモチーフにした詩を書いたが、そのドン・ジュアンは地獄においても不敵な面魂を失わなかった。それに対してドラクロアのドン・ジュアンは人間的な弱さを感じさせる。

全体を暗い色調にして、陰鬱な雰囲気を漂わし、また水平線を高くすることで、海に翻弄されるボートの頼りなさを表現している。なお、この作品は1841年のサロンに出展され、大きな反響を呼んだ。

(1840年 カンバスに油彩 135×196cm パリ、ルーヴル美術館)




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