壺齋散人の 美術批評
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盲人を癒すキリスト:エル・グレコの幻想




この作品は、エル・グレコがスペインへ渡る以前、イタリアのローマで描いた初期の傑作である。エル・グレコは、1567年の中ごろに、故郷のクレタ島からイタリアのヴェネチアに渡り、そこでティツィアーノの工房に入って、いわゆるヴェネチア派の画風を身に着けた。その後、1570年の暮頃にローマに移り、枢機卿などを出した名門ファルネーゼ家に寄寓した。スペインへ渡ったのは1576年のことだが、それまでずっとローマにいたのか、あるいは一旦ヴェネチアに戻ったのか、たしかなことはわからない。

この絵は、ファルネーゼ家の財産目録に記録されていたことからも、寄寓先のファルネーゼ家の求めに応じて描かれたと考えられる。エル・グレコがファルネーゼ家にいたのは、1570年の末から約二年間のことであったから、その間に描かれたのであろう。

絵のテーマは、福音書に出てくるキリストの盲人治療に関する逸話である。盲人を二人としているのは「マタイ伝」による。キリストが、手前に膝まずいている盲人の目に手を当て、視力を回復させようとする場面と、治療が終わって視力が回復した男が喜びのあまり左手を高く掲げるところが描かれている。画面右手にいる人々は「ヨハネ伝」によるパリサイ人で、彼らはキリストが安息日に治療を行ったといって非難しているのである。

構図にはティツィアーノの影響が見られると指摘されている。後年の、頭の大きさに比較して異常に長い胴体といった特徴は、この絵には見られない。だが、キリストが赤い肌着の上から青い上衣をつけているところは、後期の絵と同じである。

なお、エル・グレコは、これと同じ構図の絵を併せて三点描いた。パルマ国立美術館にあるこの絵の外に、ドレスデンとニューヨークのヴァージョンである。

(1571年頃、キャンバスに油彩、50×61cm、パルマ国立美術館)





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