壺齋散人の 美術批評 |
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三人のタヒチ人:ゴーギャン、タヒチの夢 |
「三人のタヒチ人」と呼ばれるこの絵は、「おしゃべり」と呼ばれることもあるが、絵を見る限りおしゃべりに興じている感じは伝わってこない。その最大の理由は、三人が互いに視線を合わせていないように見えるところにある。 この絵をちょっと見ただけで、三人の間に前後の空間があることが感じられない。それは奥行き感がないことによる。この三人は、まったく同じ平面上にいるような錯覚を与えるのだ。何故そうなるかといえば、前面の男を暗く塗り、向こう側の女を明るく塗った為に、男が引っ込み女が出っ張る形となり、結果として三人が平面的な位置関係に見えてしまうわけだ。 三人とも同一平面にいるように見えることで、向こう側にいるはずの女の視線が、男を飛び越えて直接観客に向けられているように見えてしまう。男の視線のほうは、女を飛び越えてはるか向こう側を向いているように見える。 このように、この絵には非常に不思議なところがある。ゴーギャンがなぜこんなからくりめいたことをしたのか、理由はわからないが、見るものを落ち着かない感じにさせる絵である。 二人の女がそれぞれ持っているのは、マンゴーの実とその花だろうか。 これは左側の女と男の関係を拡大したもの。互いに眼を見て話し合っているようには見えない。(1899年 カンヴァスに油彩 73×94cm エディンバラ スコットランド・ナショナル・ギャラリー) |
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