壺齋散人の 美術批評
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アスモデウス:ゴヤの黒い絵




聾の家二階サロン入り口から見て右側の手前の壁に描かれていたのが「アスモデウス」と題されたこの絵(123×266cm)である。アスモデウスとは、旧約聖書外典「トビト書」に出てくる好色な悪魔である。サラと言う娘に横恋慕したアスモデウスは、サラの婚約者を七人も殺して、サラを我がものにしようとしたが、トビトの息子トビアスの姦計に陥れられて、エジプトの奥地に追放されたということになっている。

この挿話をもとにすれば、この絵の中で、左手に浮かんでいる男女の内の右側の男がアスモデウスで、彼の左手に浮かんでいる女性はサラと解釈される。それにしても、男の方は、左手で魔物払いの仕草をしながら、怯えたような表情をしているし、女の方は後ろを振り返りながら、これもやはり怯えたような表情をしている。彼らが何故そんな表情をしているのか、アスモデウスの挿話からは伝わってこない。

この二人の男女の手前には、二人の男が銃を構えて、飛んでいる男の方に狙いを定めている。彼らが被っている筒型帽からして、フランス兵だと解釈される。しかし、飛んでいる男は、そのフランス兵に怯えているというよりは、違うものに怯えているらしいことは、彼の視線の向いている方向からわかる。

遠景にある奇妙な形の岩山は、トレド郊外にある実在の岩山によく似ているという指摘がある。ゴヤが何故それを、この絵の中に取り入れたかは、わからないところだ。

なお、飛んでいる男女のうちの女のほうを、アスモデアという魔女とする見解もある。ゴヤのオリジナルな指示は、アスモデウスのスペイン語の男性系アスモデオではなく、女性系のアスモデアだったことを根拠にしているのだが、それでは、聖書外典の記述と矛盾することになる。その矛盾を措いて、女を魔女のアスモデアとするならば、この絵はアスモデアが男を魔女の夜宴に連れて行く所だと解釈される。この絵は、黄昏時を描いており、これから夜のとばりが降りると、魔女の夜宴が始まる、と解釈するのもひとつの試みとしてありうる。





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