壺齋散人の 美術批評 |
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無謀な技:ゴヤの版画 |
![]() (サラゴーサ闘牛場でのマルティンチョの無謀な技) ゴヤは、闘牛技をさまざまな角度から描き出した。それらに共通するのは、闘牛士の勇敢さと彼の技の華麗さの強調だ。そうした勇敢さや華麗さは、ときには無謀さにつながるわけだが、その無謀さは、闘牛の醍醐味をいっそう高める働きをする。そんなわけでゴヤは、無謀をテーマにした絵も、何点か制作している。 これはその一枚。マルティンチョは当時有名な闘牛士で、無謀な技を繰り出すことで人気があったといわれる。ゴヤは、このマルティンチョをテーマにしたものを4点も作っているから、よほど気に入っていたと思われる。 マルティンチョは、1759年と1764年にサラゴーサで闘牛をしたという記録があるから、ゴヤはそのどちらかを見物し、そのときの記憶を元に、これらの絵を再現したのだと推測される。 この絵の中のマルティンチョは、椅子に腰掛けた上、足枷をつけ、帽子をムレータ(赤い布)の代わりにして、牡牛を挑発している。牡牛の背後には観客席があって、そこから大勢の観客が身を乗り出している。これがあることで、絵に動きの要素が加わり、ほとんど映画の一齣を見ているような気にさせる。 ![]() (同じ闘牛場でマリティンチョが見せたもう一つの狂気) これも、上のシーンの続きのようだ。この絵の中のマルティンチョは、台の上に乗っているが、足枷は依然つけたままだ。こんな格好で、台の上で飛び跳ね、牡牛を挑発している。 挑発された牡牛のほうは、台めがけて突進している。この後どんな修羅場が展開されるのか、見ているものとしては、想像力を刺激されるところだ。 以上二枚の絵を、前回の騎士の絵と比較すると、闘牛のあり方に変化が現れていることがわかる。昔の闘牛は、馬の上から牛に槍を突くといった闘争的要素の強いものであったものが、ここでは、無謀さを前面に出したショー的なものに変わっている。 |
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