壺齋散人の 美術批評 |
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ユーディットⅠ(JudithⅠ):クリムトのエロス |
ユーディットは、旧約聖書に出てくる女性で、ユダヤ人をアッシリアの攻撃から救った烈女である。いわば、ユダヤ人にとってのジャンヌ・ダルクというべきこの女性を、西洋の絵画は繰り返しテーマとして取り上げてきた。中でもクラナッハの描いたユーディットは、烈女のイメージにエロティックな要素を加味し、その後のユーディットのイメージに大きな影響を及ぼした。 十九世紀の末には、このユーディットが、サロメと並んで大きな関心の的としてよみがえった。ユーディットとサロメは全く別の人格であるが、男の首を刎ねてそれを誇示したという共通性が、二人のイメージを混同させた。オスカーワイルドの「サロメ」やリヒャルト・シュトラウスの「クリュタイムネストラ」は、そうしたユーディット=サロメのイメージを背景にして造形されたものである。 クリムトのこの絵の中のユーディットは、自分で刎ねた男の首を小脇に抱えてはいるが、それを誇示しているわけではない。誇示するというよりは、恍惚に耽っているといった表情を呈している。この恍惚感こそ、この絵にエロティックな雰囲気を付与している。クリムトは、この絵のユーディットを介して、ユダヤ=キリスト教的な宗教感情に訴えたわけではなく、世紀末のデカダンな雰囲気を反映したファム・ファタールのイメージを喚起したのだと思われる。 この作品の重要なポイントは、絵の本体と額縁とが不可分に一体化していることだ。額縁は金箔を施されており、それが絵に使われている金箔と呼応しあって、額縁と絵本体とを一体化させている。この額縁部分は、クリムトの兄ゲオルクの手になるものである。 これは女性の顔の部分を拡大したもの。目は焦点が定まらず、口を半開きにして、いかにもオルガスムのエクスタシーを思わせる。首に巻きついている犬の首輪のようなものは、世紀末のウィーンで流行ったアクセサリーだそうだ。 この絵の中の女性の表情があまりにエロティックなので、それまでクリムトの絵の理解者でパトロンであったユダヤ人のコミュニティを怒らせたそうである。ユダヤ人によって民族を救った母ともいうべき女性を、このように描かれて、自分たちが侮辱されたと受け取ったらしい。クリムトは、先にウィーン大学天井画を通じてオーストリアのエスタブリッシュメントを怒らせたのだが、この絵を通じてパトロンを怒らせたわけだ。 (1901年 カンヴァスに油彩 84×42cm 国立オーストリア美術館) |
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