壺齋散人の 美術批評 |
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アンバサドゥールのアリスティード・ブリュアン:ロートレックのポスター |
アリスティード・ブリュアンはロートレックの同時代における人気歌手だった。彼は自分自身で音楽カフェ(ミルリトン)を経営する傍ら、パリの人気カフェにも出場していた。このポスターは、そうしたカフェの一つである「アンバサドゥール」のために制作されたものだ。それについては面白い逸話がある。 まず、このポスターの制作をロートレックに依頼したのが、カフェの経営者ではなく、ブリュアンだったことだ。ブリュアンは、アンバサドゥールの開店にあたってこけら落としの役割を依頼されたが、その際に、新しいカフェを自分自身もろともに宣伝してやろうと思って、ポスターをパリじゅうに貼ることを思いついたのだ。 ブリュアンは、ポスターをパリの街角に貼りまくるだけでなく、アンバサドゥールのステージの両側にも貼ろうとした。だが経営者のピエール・デュカールが、悪趣味だと言って貼らせなかった。怒ったブリュアンは、ポスターが貼られるまではステージに上がらないと言って抵抗した。結局デュカールのほうが折れて、ポスターはステージを飾ることとなり、ブリュアンはそのポスターとともにアンバサドゥールへのデビューをしたということだ。 ブリュアンは、鉄道員から歌手に転身した変わり種で、自分で歌も作ったらしい。彼の歌の楽譜シートのために、ロートレックはデザインをしてやったこともあり、もともと顔見知りだったが、ロートレックがポスターで成功したことを知ったブリュアンは、自分にもポスターを作ってもらいたいと思ったのである。 このポスターは大いに話題になった。そのことに気をよくしたブリュアンとロートレックは以後もタッグを組んで様々なポスターを世に出した。 ポスターの中のブリュアンは、つば広の帽子をかぶり、黒い上着に赤いシャツとマフラーを身に着けているが、これはブリュアンの日ごろからのトレードマークとなる衣装だったそうだ。なお、ブリュアンの背後からこちら側を覗いている人物のシルエットは、マドロス帽子をかぶっているところから、ロートレック自身と思われる。ロートレックはマドロス帽が好きだったからである。 (1892年 リトグラフ 150×100㎝) |
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