壺齋散人の 美術批評
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フォリー・ベルジェールのバー:マネ




フォリー・ベルジェールはリセ通りに面したカフェ・コンセールで、パリでもっとも人気のあるナイト・スポットだった。かなり巨大な空間に夥しい人々がひしめき合い、夜の快楽をむさぼるところだ。マネはそこを、自分の最後の大作のモチーフに選んだ。このカフェには、環状に三つのバーが配置されているのだが、そのうちの一つを描いたのだ。

この絵は、その奇妙な図柄から、すさまじい反響を呼んだ。バーのカウンターの前に立っているウェイトレスの姿と、鏡に映った彼女の後姿とが、バランスを欠いていることがまず話題となった。鏡の中の彼女は、カウンターに前のめりになって、客とかなり近い距離で顔を接しあっている。ところが彼女の前姿は、背筋を伸ばしているではないか。しかも彼女は、一人で物思いにふけっているように、うつろな目をしている。

それに角度からいって、鏡の中の女性がこんな位置にくることは考えられない。何故なら、女性は正面から描かれており、そうだとしたら彼女の鏡の中の後姿は、そのすぐ後ろに来なければつじつまが合わないからだ。

こんなわけでこの絵には、トリックめいたところがある。マネはこの絵を、自分のアトリエの中でモデルにポーズを取らせながら描いたというが、だとしたらそのアトリエに、現実のカフェの様子をどのように重ね合わせたのか。

また、鏡の中には、彼女の眼の前に広がるホールの光景がそっくり写し出されているが、それを見ると、ナイトクラブの中というより、鉄道駅の待合所のようである。カフェの常連客は、自分たちが鏡にこのように映っていることについて、それがあまりにも無記名に見えたので、気分を害したのであった。

(1882年 カンバスに油彩 96×130㎝ ロンドン、コートールド美術研究所)




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