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偶像(L'idole):マティス、色彩の魔術





マティスは1941年にリヨンで腸の手術を受けたことがきっかけで臥床がちになった。そんなマティスの夜間の看病をするために、一人の女性が雇われた。モニック・ブルジョワという若くて信仰深い女性だった。マティスはこの女性をモデルにして多くの絵を描いた。「偶像(L'idole)」と題するこの絵は、その代表的なものである。

題名が暗示しているように、マティスはこの女性にほのかな恋情を抱いたようだ。老いらくの恋というのだろう、その恋情はモニックが修道女となって去っていった後まで続き、マティスは修道院の禁令を無視して、彼女に手紙を書き続けたという。

このモニックが仲介するかたちで、マティスは1949年以降二年間にわたり、ニースの北方にあるヴァンスという町の小さな修道院、ロザリオ教会のために壁画やステンドグラスなどの装飾を施している。

こうした彼女への慕情のかたわら、マティスの妻と娘が、レジスタンス運動にかかわってドイツ軍につかまり、娘のマルグリットが拷問されるという事態が起きた。マティスは深く心配したが、いかんともしようがなかった。彼は政治的な人間ではなかったので、自分の家族に振りかかった災厄を、黙って忍ぶだけだったようだ。

もっとも、戦後のマティスは、ナチ占領下のフランスに止まり、決して暴力に屈しなかった芸術家として、英雄的な扱いを受けた。マティスとしては、不思議な感じがしたことだろう。

この絵は、原色を基調とした派手な色彩にかかわらず、落ち着いた雰囲気が感じられる。モデルの表情には、宗教的なものが漂っている。モニックに対するマティスの慕情の現われと受け取ってよいのだろう。

(1942年 キャンバスに油彩 50.8×60.9cm 個人蔵)





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