壺齋散人の 美術批評
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ジャン・コクトー:モディリアーニの肖像画




いわゆるベルエポック時代のパリに集まった大勢の芸術家たちと、モディリアーニは親しく付き合ったが、コクトーもその一人だった。もっともコクトーは多くのボヘミアン的な芸術家とは違って、生粋のパリッ子だった(パリ郊外の生まれではあるが)。20台にして偉大な詩人としての名声を確立したこの天才と、モディリアーニはそりが合わないところもあったといわれるが、それは両者ともに天才肌で、強いオーラを発していたために、互いに反発しあっているように見えたからもしれない。しかし、二人の仲が悪かったら、モディリアーニがわざわざコクトーの肖像画を描くこともなかっただろう。

この肖像画は、モディリアーニとキスリングが共同で使っていたアトリエで描かれた。椅子に座ってポーズをとるコクトーを、二人は殆ど同じ角度から描いたのだが、これが同じものを描いたのかと思わせるほど、その二つの絵は似ていない。キスリングの絵は、コクトーの全身を描いており、また背景となっている部屋の様子もそれとわかるように描いている。ところがモディリアーニの絵では、コクトーは半身像として描かれ、部屋の様子も極端に単純化されている。それがかえって、モデルの実在性を強烈に浮かび上がらせている結果にもなっている。

この絵の中のコクトーは、肘掛椅子に両ひじをかけて、両手を軽く結び合わせ、鶴のように長い首の上から顔をのぞかせているが、それはあたかも、水面上に出現した潜水艦の望遠鏡を思わせる。コクトーはその望遠鏡のレンズのような目で、あたりを伺っているというわけだ。

コクトーはこの絵をモディリアーニから5フランで売ってもらったが、その大きなキャンバスを家に持って帰るためのタクシー代がなかった、と後になって回想している。

(1916年、キャンバスに油彩、100×81cm、プリンストン大学付属美術館)





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