壺齋散人の 美術批評
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イレーヌ・カーン・ダンヴェール:ルノワールの世界




「シャルパンティエ夫人と子どもたち」が成功したおかげで、ルノワールには裕福な人々からの、子供たちの肖像画を描いて欲しいという注文がくるようになった。そうした注文仕事は結構な金をもたらしたので、ルノワールは自分の主義に反しない程度に引き受けた。「イレーヌ・カーン・ダンヴェール(Portrait de Mademoiselle Irene Cahen d'Anvers)」と題したこの肖像画は、ルノワールの子どもの肖像画の中の傑作である。

絵のモデルは、裕福な銀行家ルイ・カーン・ダンヴェールの三人の娘のうちの末娘イレーヌだ。やや斜め前方を見つめた少女の半身が描かれている。暗い背景から子供の姿を浮かび上がらせるように描いているのは、印象派というよりは、フランドルの伝統的な肖像画を思わせる。ただフランドル派に比べれば、色彩の豊かさと暖かさがいかにもルノワール的だ。

人物の描き方には、最新な注意が感じられる。とくに長い髪は、一本一本描き込んだような丁寧さだ。こうした丁寧さは、それまでのルノワールにはないもので、やはり注文主の意向を尊重して、モデルのリアルな実在感を表現しようとしたのだろう。

その髪の色はオレンジで、それに対して背景は濃いグリーンで塗られている。補色の対比性を利用して、人物を強烈に浮かび上がらせている。こういう描き方なら、額縁に入れて窓に飾ると、一段と迫力を以て、見る者に迫ってくるだろう。

少女の瞳は純粋な無垢を感じさせ、膝の上で組んだ両手は、少女らしい慎ましさを感じさせる。上流階級の上品な少女といった趣を、十分に表現できている。これなら、注文主は非常に満足したはずだ。

(1880年 カンバスに油彩 65×54㎝ チューリッヒ、ビューレ・コレクション)




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