壺齋散人の 美術批評
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マルス:ベラスケスの世界





トーレ二階の第八室には、ベラスケスの三点の絵画が並んで飾られていた。メニッポス、イソップ、マルスの三点である。メニッポスは解放奴隷出身の風刺作家、イソップもまた同様である。これに対してマルスは、ギリシャ神話の英雄である。いづれもギリシャ人ではあるが、実在と神話という相異なった背景をもっている。この三つがなぜセットになっていたのか、たしかなことはわからない。

マルスは、ギリシャ神話の英雄アレースのローマ名であり、戦の神ということになっている。戦の神であるから、勇ましさが持ち味のはずだが、この絵の中のマルスは、勇ましさとは無縁なように感じられる。頭には兜をかぶり、足元に武具のようなものこそ置いてはいるが、本人はすっかりくつろいだ様子で、戦のイメージは伝わってこない。これは戦のイメージではなく、メランコリーのイメージだというのが、伝統的な図像学の解釈である。

この絵については、ほかにもさまざまな解釈が施されてきた。まず、モデルにはフェリペ四世を彷彿させる要素が含まれているとする解釈。それは、右手に持った笏が、他の絵に見られるフェリペ四世の笏と同じということで補強されている。また、フェリペ四世は、戦いを好まなかったといわれる。この絵はそんなフェリペ四世の厭戦気分を表現しているという解釈もある。

暗い背景から、鮮やかな色彩で描かれたマルスの半身が浮かび上がって来るように工夫されている。とりわけピンクと青のコントラストが強烈である。

(1640年頃 カンバスに油彩 179×95㎝ マドリード、プラド美術館)




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